Column
【つながり vol.1】認知症と記憶
Author :東京Dタワーホスピタル 院長 長谷川 光広
目次
認知症とは
脳の神経細胞が壊れ、
知能低下や人格崩壊を引き起こす難病
「障害が残ろうと、このあと家族が皆で一生懸命面倒をみるので命だけは救ってやってください」、これまで救命の臨床現場でよく耳にしたご家族の切実な願いです。時は移り、最近は、患者さんと家族の方々に病状と手術の必要性の説明を終えた後に質問はないかとお尋ねすると、ご本人が「手術で死ぬのは怖くないが、ぼけだけは困る。ぼけるぐらいなら、いっそひと思いに先生が、・・・・」と、こちらにとっては物騒なことを言われることが少なくありません。長寿化に伴い、これほどまでに認知症が人々に怖がられるようになってきました。
以前は痴呆症と呼ばれていましたが、この呼称では差別を生じかねないと2000年代初頭から「認知症」が使われるようになりました。その原因疾患の代表であるアルツハイマー病は、ヒトでは1000億個有ると言われる脳の神経細胞が特定のタンパク質の蓄積とともに急激に壊れ、脳が病的に萎縮して高度の知能低下や人格の崩壊がおこる病態です。発症は緩やかで、進行すると記憶の低下の進行によって、日常生活にも支障をきたします。世界中で特効薬の研究が進んでいますが未だに難病です。
次いで多いのが脳梗塞や脳出血などの血管障害により脳の一部が障害される脳血管性認知症です。脳の部位によって症状が異なるため、一部の認知機能は保たれている「まだら認知症」が特徴です。症状はゆっくり進行することもあれば、階段状に急速に進む場合もあります。
人の「記憶」の仕組み
感覚記憶、短期記憶、長期記憶
記憶は、感覚記憶、短期記憶、長期記憶に分類されます。
見た、聞いた、匂ったなどの感覚を数秒間の瞬時のあいだ覚えているものが感覚記憶です。
短期記憶は、数十秒間維持される記憶で、通常7つほどまでで、同時に8個以上の事を記憶するのは困難とされます。この短期記憶を繰り返すことを心理学ではリハーサルといい、短期記憶を保持するリハーサルを維持リハーサル、長期記憶に転送するリハーサルを精密化リハーサルといいます。
学生時代にメモをして見なおしたり、繰り返しノートに書き綴ったり、語呂合わせをしたりして、勉強した記憶があるかと思いますが、このリハーサルを繰り返すことで短期記憶を何十年間継続する長期記憶に移行させることが可能です。
情緒に深く関わる記憶の回路
最近「海馬」という言葉をよく耳にしますが、海馬―脳弓―乳頭体―視床―帯状回―海馬の回路は記憶のネットワークとしてとても重要で、この回路のどこが傷害されても健忘が起こります(最近画像で脳のネットワークの一部が簡単に画像化できるようになりました、図1)。
短期記憶が障害され、「ついさっきのことが憶えられない」状態になると、その積み重ねで何も憶えることができない状態となり、記憶の保持が不可能となり以後何も憶えられません。実は、この記憶の回路は大脳辺縁系に含まれ情動の回路と深く関係するため、懐メロを聴いていると古い記憶がよみがえるとともに懐かしさや胸が張り裂けそうな切なさなどの情動反応を発生させるのです。
図1 特殊な MRI 画像(左:冠状断、右:3D画像)
赤:左右の大脳をつなぐ脳梁線維 淡青:左右海馬(矢印で示す)
淡緑:脳弓、海馬近傍の神経線維が示されている
認知症の原因
生活習慣病が誘発する脳神経疾患
厚労省によれば、日本における65歳以上の認知症の人の数は約600万人とされ、数年後には700万人、高齢者の約5人に1人が認知症になると予測されており、高齢社会の日本では認知症に向けた取り組みが今後ますます重要になります。こんな数字を並び立てられるだけで心配になってきますが、手をこまねいている場合ではありません。認知症を引き起こす脳血管疾患を誘発する危険因子はすでにいくつもわかっています。高血圧、動脈硬化、喫煙が最大の危険因子です。
加えて、運動不足や多量の飲酒、ストレス、睡眠不足などの生活習慣や歯周病が脳血管疾患の引き金となります。内臓脂肪型肥満に高血圧、糖尿病、高脂血症が加わったメタボリックシンドロームは動脈硬化を悪化させ、脳血管疾患の発症リスクを高めます。脳塞栓症は、「心房細動」という不整脈が原因で心臓の中にできた血栓が脳に飛んで脳梗塞を引き起こすものです。
遺伝的因子は防ぎようがありませんが、これら危険因子はほとんどが生活習慣病ですので、予防策は今日からでもとれます。耳が痛い話ではありますが、認知症になって最愛のご家族に迷惑をかけないように予防策を実践することがご家族から見捨てられないためにも大切です。
外科的治療で治りうる認知症
最後に、外科的治療で治りうる認知症のお話をしましょう。その代表が、①脳腫瘍、②慢性硬膜下血腫、③正常圧水頭症です(筆者が経験した代表症例の画像を示し、イラストで解説いたしました、図2、3)。
①脳腫瘍
脳を覆う膜(髄膜)から発生する髄膜腫は、最も頻度の高い良性脳腫瘍で、筆者もその外科治療を専門にしていますが、腫瘍が徐々に成長し脳を外から圧迫します。特に腫瘍が脳の前方に発生すると、小さいうちはなかなか症状が出ませんが、限度を超えると痴呆症状や性格変化を引き起こします。
②慢性硬膜下血腫
慢性硬膜下血腫は、高齢者で飲酒歴のある男性によくみられ軽微な頭部外傷後1〜2ヶ月で頭痛や痴呆症状、歩行障害等を引き起こします。固まりにくい血液成分が脳と頭蓋骨の間に貯留し、外側から脳を圧迫し脳機能を低下させます。
③正常圧水頭症
脳と脊髄は髄液という水成分に浮いて存在します。頭蓋内の髄液を貯めるお部屋(脳室)がいろいろな原因で拡大すると水頭症となり脳を内側から圧迫します。進行すると、記銘力障害、歩行障害、失禁を起こします。
これらの3つの疾患は、手術で①腫瘍を摘出、②血液成分を洗浄、③過剰髄液を処理することで、速やかに症状が軽減します。思い当たる節がある場合には加齢や過労のためだと自己判断せず、脳神経外科を受診してください。
図1
図2
①巨大な腫瘍が前頭葉を占拠圧排、全摘術で症状改善。
②右の脳と骨間に血腫があり、しわも見にくくなっている。血腫洗浄術で症状消失。
③脳腫瘍(矢印で示す)の影響で脳室が拡大している。短絡術で症状消失。
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長谷川 光広
Mitsuhiro Hasegawa
最先端技術を駆使し人と社会をつなぐ医療の提供を
1983年3月金沢大学医学部医学科卒業後、米国ニューヨーク大学医学部リサーチフェロー(1986-88)、米国ピッツバーグアレゲーニ総合病院リサーチフェロー(1997)、2007年より藤田保健衛生大学(現藤田医科大学)医学部脳神経外科学教授を経て、2022 年より東京Dタワーホスピタル病院長。理事・世話人:日本脳腫瘍の外科学会、日本術中画像情報学会、日本整容脳神経外科学会、日本頭蓋底外科学会、WFNS Skull Base Surgery Committee
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